2013年10月16日

境界の彼方(世田谷邪宗門へ行ってきた : その2)

境界の彼方の舞台の新堂写真館のモデルの世田谷邪宗門についての続き(その2)を書きます。
(その1はこちら
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このお店の名前、「邪宗門」は、北原白秋の処女作の題名から採られているようです。同じ名前の喫茶店は、国立、聖蹟桜ヶ丘など数店舗ありましたが、国立店や桜ヶ丘店は、数年前にオーナーがお亡くなりになったためすでに閉店しています。聖蹟桜ヶ丘店は、ジブリの「耳をすませば」の地球屋のモデルにもなったお店です。聖蹟桜ヶ丘店がジブリの「耳をすませば」のモデルというのは、一部のファンの方の想像がひとり歩きしてしまった間違った情報です。この「桜ヶ丘店は地球屋のモデルではない」ということの裏付け記事を書きましたのでそちらもご覧頂ければと思います。

さて、筆者が世田谷邪宗門に訪れたのは、土曜日の午前10時頃だったのですが、この日は、10月なのに真夏日(30度超え)の暑い日だったからでしょうか、お店のドアが開いたままの状態で、ドアは道路側の正面から見えませんでした。店内に入ると想いの外広い店内だったのですが、誰もおらず、どこに腰掛けたらよいのか戸惑ってしまいましたが、少し経つと表の通りからお店に入って来つつ、「(誰もいなくて)どうも、すみませんねえ」との声とともに現れた店主らしき人。
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どこでもお好きなところでとのことなので、入り口近くの席へ座り、ブレンドコーヒーと遅い朝食代わりのジャムトーストを注文しました。
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店主は、「この入り口脇のこの席は、森茉莉さんがいつもここに座られてたんですよ」といいながら、その席に座って、いろんな本を見せてくださったりとか、いろんなものを次から次とどんどん持ってきてくださって、多くのことをお話して下さいました。
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森茉莉さんの指定席の隣のテーブルは、萩原葉子さんの席だとか。店主は、テーブルの上には萩原葉子さんの「蕁麻の家」(いらくさのいえ)の初版本を無造作に置かれたり。ちなみに、邪宗門の初版本とかも見せていただきましたが、これは大事そうにすぐ仕舞われました。
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筆者が「お店の中を撮影してもよろしいですか」と「どうぞどうぞ」と2つ返事で返されたので、遠慮なくお店の隅々を撮影させていただきました。お店の入り口の脇と、奥のお部屋には、美空ひばりさんの写真やレコードが飾られておりましたが、これは奥様のご趣味だそうです。
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また、お店の壁には、火縄銃があったり、天井にはランプとか、懐かしいものが沢山あります。

邪宗門の意味ですが、江戸時代末期に太政官が立てた五つの高札のうちの第三札の中の文面にも出てくる言葉で、政治的な立場から見た邪悪な宗教、宗派を指す言葉で、元々はキリスト教のことだったようですが、この江戸から明治へ変わるとき(慶応4年)に、キリスト教(切支丹)と邪宗門は区別して表記したけれども、やはり両方とも禁止したのでした。(その後、明治6年に廃止)
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このお店には、この高札の実物が飾ってありました。(第2話の店内のシーンの右側にも少し描かれています)
(お願い:高札は歴史的価値のあるものです。お手を触れないようにお願いいたします。)

筆者が境界の彼方の第2話の画面キャプをお見せしながら、アニメのモデルにこのお店が使われているようなので見に来た旨を伝えると、少し前に同じような目的の方が来てましたねえっておっしゃってましたが、まだ放送前だったはずなので、先に来店された探訪者さんの資料集とかPVキャプなどをご覧になっていたんだと思います。ちょうど、そんな話をしているときに、店主の息子さんの奥様お嬢様がお店にいらっしゃって、第2話のキャプをご覧いただくと、しきりに感心されてたのでした。(このくだりは、その1に記述)

店主は、アニメはあまりご覧になっていないようでしたが、アニメの話をした後に、石坂啓さんのコミック本「下北なぁなぁイズム」の第2巻を持ってきて、「石坂啓さんは、ここでアルバイトしてたんだよ」って話してくれました。
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石坂啓さんは、手塚治虫のアシスタントやってて、「手塚さんのあの作品のここは、私(石坂さん)が書いたんだよ」とか言われたとか、石坂啓さんの想い出話を聞かせてくれました。
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この「下北なぁなぁイズム」には、このお店が登場したり、店主も登場しています。(この画の店主は30年前のお姿らしい)

店主は、お店を出す前は、吉祥寺の丸井の店長だったとか、中野の丸井にもいらっしゃったとか。筆者も吉祥寺や中野にも住んでいたことがあるので、ローカルなお話をさせていただいてちょっと懐かしかったです。(中野の丸井での件は別のサイトに詳しい)
店主は前述のように丸井の店長(サラリーマン)だったのですが、喫茶店を出したくてやめられたそうですが、それが50年前のことだそうです。つまり、このお店は50年続いているのです。

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それから、店主は、昔(おそらく1970〜1980年頃)のお店の話をしてくれました。
このお店の周辺には大学が多くあって、近所には学生が多く住んでたので、お店は大変忙しかったと懐かしいお話ししていただきました。昔は、いまと違ってケータイなどはなく、家電(いえでん)だけで、しかも学生は当然のごとく、アパートには電話を引いていないので、お店の電話(ピンク電話)から実家に連絡していたお話とか、筆者も本などで見聞きした話を実体験として実際に昭和の時代を語られる姿に目の前に昭和の風景が見えるようでした。アパートの共同電話とかでなく、喫茶店の電話を借りるというのには郷愁を感じました。(ピンク電話は、アニメにも描かれています)

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このお店のメニューは、コーヒー主体ですが、トーストも一応あります。
「スパゲティナポリタンとかないですよねえ?」って訊ねると、「ここは『純喫茶』だから」とお答えになられる。
「純喫茶って昔(70年代まで)はよくありましたよね?」ってさらにお聞きすると、純喫茶の定義を教えてくださいました。
「純喫茶」とは、調理をしたりして飲食物を提供しない店のことで、スパゲティナポリタンなどを提供することは、調理をする行為に当たるそうです。ジャムトーストもジャムは別添えで、本当にパンを焼いただけ(バターは塗られていたかな)の簡単な飲食物だけがメニューにあります。

食品衛生法によると「喫茶店、サロンその他設備を設けて酒類以外の飲み物又は茶菓を客に飲食させる営業のこと。」が純喫茶に相当するようです。(お酒を出さない、茶菓程度のこの2つがポイント)
そして、いま、普通に存在する喫茶店(スパゲティやカレーなどもメニューにある)のは、「飲食店」に当たることになります。
なかなか、コーヒーだけで営業していくのは難しいので、本物の「純喫茶」はどんどん姿を消していくことになったようです。

参考:飲食店営業と喫茶店営業の違いについて(東京都福祉保険局のサイト)

「純喫茶も今では、世田谷ではこの店1軒だけになったよ」と店主はおっしゃられてましたが、ぜひ、純喫茶とはどのようなものかを体験しにご来店ください。今回、コーヒーは、定番のブレンドコーヒーを注文したのですが、いわゆる、70年代の喫茶店の懐かしい酸味と苦さのバランスの取れた味です。(スタバとは違うコーヒーです)
ご主人は、お年を召してますが、コーヒーの味は完璧でした。(コーヒーの写真を撮り忘れたのでありません。濃い色のコーヒーでした。)

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それから、店主がいつの間にか席まで持って来られたフレームに入った写真。
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「荒木さん(アラーキーこと、荒木経惟さん)に撮っていただいたんですよ」って。
見た瞬間に荒木経惟さんって判るほんとにステキな写真で、見入ってしまいました。私もアラーキーの写真は大好きなんで、ちょっとうらやましい。この写真は、普段はカウンターの中に飾られています。店主もお気に入りのもののようです。大事にカウンター内の壁に戻してました。この写真はカウンターから覗き込むと見えます。


いろんなお話をさせていただいて、そろそろお暇しよう(2時間近く居た)と思い、カウンターのレジのところで勘定を済ませた後、店主の方から、「はい」って言いながらマッチ箱を頂いて、昔の喫茶店では定番のマッチのことを思い出して再度懐かしさが。
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そして、このマッチ箱には、トランプのマークが一部欠けている模様が。そしてすかざず、店主の手品の技が繰り出す繰り出す。
さらには、500円玉を出したり、消したり。もう、目の前で繰り広げられる早業に感激。
本当に素晴らしいお店。また、行きたいです。そして、美味しいコーヒーを頂いてのんびりしたいです。
(2013年10月12日撮影)

※以前の記事では、店主のお嬢様としていましたが、正しくは息子さんの奥様(いわゆるお嫁さん)でした。
(2013年11月4日訂正)
※聖蹟桜ヶ丘店(すでに閉店)が地球屋のモデルではないことが判明しましたので、訂正させていただきます。確認せずに記述したことをお詫びいたします。
(2013年12月30日訂正)


posted by グルミット at 22:58| アニメ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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